あれから、今 は、、【5】
平成13年6月5日。 愈々、『叔父』との話し合いの場へ、、、、、。
朝から
雨模様の天気で、話し合いの前途を危ぶむかの、、、雲域でしたな、、。後輩の車でカーナビを頼りに『叔父』の
家へと向いました。近くまで来た所で
をしていた時、私をまじまじと見詰ている初老の男性が、【正彦】か、、、、。と、声を掛けて来ましたので「ハイ」と答えると其の方が「親父」の弟の『叔父』さんでした。約40年振りの再会でした。
私の後輩に対しては、感謝の意を込めて最大限の御持て成しを施して戴きました。後輩とは、『叔父』の家で別れる事になり、私も感謝の念で『叔父』と一緒に後輩を見送りました。
愈々『叔父』との間で、空白の40年間を其々の想いで話し合っていました。不思議と自然に又、無意識の内に腹を割って話し合っていた自分が其処にいました。そして、今回の話の全容を知らされました。が、私としては素直に「親父」を許す訳にはいかないので、この場では即答を避けました。(今迄の母の苦労を考えると、時間が必要でしたので、、、)
其の時、『叔父』から兎に角 見せたい物が有るので、、、と渡されたのが”御祖母ちゃん”の【遺言】でした。
「親父」に対する、「母親」の想い、、、、そして、「孫」にあたる私たちと「母」に対しての、後悔の念,、、、、等々。御祖母ちゃんの想いが、綴られていました。そして、最後に私達子供の誰かが「親父」の最期を看取ってくれる事を願って要る旨でした。同時に、『叔父』に対しては「親父」の「墓」を建てて最大限に供養する旨、申し伝えていました。
其の為『叔父』は、私との本日の話し合いが決まった時点に、既に「親父」の為の【墓地】を購入していた様でした。依って私に【墓地】の下見に行こうと申しますので、取敢えず連れて行って貰う事と成りました。
実は私の母がこの年(平成13年2月)に
【墓】を建立しまして、写真を送って着た事を思い出し○○霊園に【墓】を建てたことを話しましたら、何と購入された【墓地】は同じ霊園と判りまして、早々に2人で霊園に向う事と相成りました。(偶然は此れだけでは終りません)【事務所】で【墓の建立】の手続きを行い、場所の確認を致しました。そして母の建立した【墓】の場所と
「親父」の【墓】の建立予定地とが、中央の大通りを隔てて横一の場所でした。そして因みに、104歳の天命を全うした【御祖母ちゃん】の眠っているお墓が、三角点の頂点に位置している事が判明した訳で在ります。
【御祖母ちゃん】が、自分の廻りに私達を呼び寄せたの如く【不可思議な縁】を肌でひしひしと感じた次第でした。 私として、《腹》を決めました。
平成13年8月8日、我が49歳の誕生日に別府の「親父」と再会を約束!!
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コメント
ほっほう!!私にしてはおじいちゃんにあたる人の兄弟やからおじかhんかな?
まだ生きてるのであればあってみたいな。
投稿 娘 | 2008年5月 7日 (水) 19時10分