平成13年8月8日。 四十数年振りに【親父】との
再会を果す。
これからは、
永久の別れ迄の約一年間を回想しながら徐々に、、、、。
この日【親父】と再会後に、鉄輪の
【K】さん宅を
訪問。
電話で何度もお話をしていた為、初対面ながら
旧知の間柄の様に其々に
会話が弾みました。私としては如何しても聞いて置きたい事の一つで【先祖のお墓】に付いて、詳しく話をお聞きする事が出来ました。
〔何故に【先祖のお墓】か、、、っと申しますには、実は深い訳が有りました。【親父の母親】は離婚後も私の【母】と接触をしていました。【母】曰くには、
【親父】が都城に【先祖のお墓】を立派に建立し直した旨、
【母親】に写真等を送っていたそうでした。其の時から、私の【母】に対して、【親父の子供】の誰か一人でも【親父】の最期を看取って呉れる事を切にお願いをしていた、、、、との事が有った事実。〕
【親父】は友人の勧めで、四国の愛媛県のとある場所に【先祖の墓】を建立して、【父】・【祖父】を其処に納骨していた様でした。が、其れが或る日突然に墓地其の物が違法で、【先祖の墓】は違法建立として強制処分になったとの事です。依って【父】・【祖父】の遺骨を止む無く別府に引揚げ、其の時に【K】さんの知人でお寺の住職さんを紹介して頂き、取敢えず10年間の永代供養としてお祀る。
又、【親父】は離婚後
に内縁の妻がいた様で、数年前にその人を亡くし其の遺骨もお寺さんに預けていた事も判りました。
其のお寺さんとの10年間の期限が迫っていた事と、【親父】の先行きの事も有り後見人の立場から、【小倉の叔父】との間で私が別府に訪問をする前に手を打っていた様です。
(内縁の妻の遺骨は、【小倉の叔父】が無縁仏として京都のお寺に永代供養。【父】・【祖父】の遺骨は、北九州の霊園に【親父の墓】を建立するまでの間 一時預け。)
ついつい長居をして、何時しか
陽も傾きかけてまいりました。
【K】さん夫婦には、時間の許す限り別府に来ます、、、との約束をして別れる事に致しました。
一路【親父】の待つ
病院に急行。【K】さん夫婦との面会の様子を筆談。市役所
に挨拶に行って、其の後北九州に帰る旨を伝えました。
帰り際に「【正彦】又、来てくれ!」との
【親父】の言葉に私は頷いて「何時でも必ず来るけん、何も心配はするな!」その代り「病院の皆様に迷惑を掛けない事!」を条件に病室を出る。
担当医・婦長さんにご挨拶をしてから、市役所へ、、、、、。福祉課の方とも面談をして、お礼・お願いをして、北九州への
帰路に就きました。
車窓からの別府の
街並を観ながら、一路
北九州へ、、、、、、、、、、。
最近のコメント